~音楽と自然の力につつまれて~ e.w.Hanaの記録

幸せになりたい!幸せを分かち合いたい!言葉ではうまくコミュニケーションが取れないけれど 音楽はできる青年との暮らしの中で、 目の前に起こる出来事をどのように受け止めるか 自然の力や音楽の力に癒されながら模索していく日々の記録です。

ハイジャック実録への反応より

明日の演奏に向けて、最後のおさらいに集中する計画だったのですが
ワンターム終わったところで休憩にテレビをつけたら21年前のハイジャック
事件簿を再放送していました。
今はなきジャンボジェットの姿も懐かしかったですが、
当時、自分が事件を知った時の反応と今の自分がかなり変わっていることが
興味深くて、最後まで見てしまいました。

事件当時の我が家はmasaの言葉が出ないことを心配するあまり、
メソッドの一つとしてテレビ・ラジオなどを一切つけないという
生活を実践していたので、外出時に偶然目にしたどこかのテレビで
ハイジャックを報じながらコックピットのアップ映像だけを流し続けていた
のを見ただけでした。

でも、、当時の私の中は、あ、ハイジャックだ・・、と冷静に反応し
「犯人は要求があってしていることだから、気持ちを逆なでするような
事は絶対しないと教育を受けている飛行機の中では犠牲者は出ない。」と
全容を見守らなくてはならないほどドキドキしておらず、
翌日の新聞で乗員乗客全員が生還したことを確認して。
当然の結果を迎え入れたような受け取り方をしていました。

乗務員の立場で事件を眺めるか、乗客の立場でその場に遭遇するかでも
その受け取り方はかなり違うことでしょう。
昨日の書店での話に通じるところがあります。

21年前の私が、犯人とのやり取りや内部での詳細を今回ほど細かく知らなかった
ということもあったかもしれませんが、
今回は、臨場感あふれた脚色もあって、途中まで完全に乗客の視点に変わっていました。
恐怖に包まれた16時間のあと、強行突入したSATが機内に入ってきた時、
感動して涙が出そうになりました。

・・ここで、乗客の視点でもない、
共感はしているけれど、自分が当事者でなく
スクリーンを眺める観客のごとく、意識が完全な外部者になっていることにも
気づきました。

どのような事件においても、職務従事者、顧客、事件担当者、部外者のそれぞれが、
その立場だから持っている心の前提が判断や感情を決めていき、
それらはバラバラであることを、ドキュメントを観ながら
発見していた午後でした。


お蔭で、最終日の練習は煮詰まるほどすることもなく、、
ちょうど良い量になったのかもしれません。

明日は早出なので、早起きして指鳴らしです。
弾きやすいピアノでありますように・・・。

夕飯クリップ☆彡