~音楽と自然の力につつまれて~ e.w.Hanaの記録

幸せになりたい!幸せを分かち合いたい!言葉ではうまくコミュニケーションが取れないけれど 音楽はできる青年との暮らしの中で、 目の前に起こる出来事をどのように受け止めるか 自然の力や音楽の力に癒されながら模索していく日々の記録です。

雨上がり

雨の中歩いていくことを覚悟していた‟ポーラ美術館コレクション展”、
masaが取り組む曲選びにコンチェルトCDを4〜5枚聞いている間に
雨が上がっていました。

美術館に辿り着くと、雨に濡れた後の息づいた緑が視界にググッと入ってきました。
大好きな雨あがりの色を背景に太陽が出ているとは予想に反したラッキーでした。

平日だったのに、かなりの人手で、人気のほどが伺えました。
歩いて回れる空間の中に、9000kmも離れた国の広大な国土のあちらこちらの風景を
100〜200年も前の人々が描いたものが、集まっているということ自体で
もう奇蹟的に感じます。
2度の大戦の戦火を潜り抜け、様々な人々の前にその光を呈してきた
70余点の絵画が持つ力を受け取りたいと期待していました。

コローから始まり、ルノアールさんから、モネさん、シスレーピサロセザンヌゴッホ
ピカソ、そしてシャガールと一気に100年分見られる展示は、とても見やすく
豪華でした。

ルノアールの裸婦のそれは美しい肌を見た数十分後に、幾何学模様になってしまった
ピカソの描く女性の顔に、「あら〜、こんな顔になっちゃった・・」と
呟く私。現実的な様々な表情が隠れているのを感じるのか、masaも神妙な顔(;´∀`)。

風景画に感慨を膨らませる私に比べて、人物が描かれたものに興味を持つmasaとの
違いも感じながら、最後の確認の1周で私の一番のお気に入りに決定した
モネの『セーヌ川の日没・冬』を遠くから見せると、
ゴッホの絵が放つ華やかさより更に遠くまで光を放っているのが
この太陽だとわかったようで、少し嬉しかったです。

多くの連作から1枚だけを引き抜かれてもその光彩を放つ『水蓮』もさすがでしたし
セザンヌが描く緑もさすがでした。

そんな館内で、何が発端かよくわからないクレームを監視の女性に
長時間発しているおじさんがいました。足が不自由な方で、その事を
視線が侮辱した、とかなんとか言っているような・・・
かなり興奮して話していたので、絵を観ながらも耳は気が気ではない観客の空間が
15分ほどしてやっと収束した様子に一斉に安堵し(;´∀`)
妙な一体感に包まれた特殊な時間が、絵のこちら側にある‟現在”を
際立たせる演出のようにさえ感じました。

何か、怒っている人、良く聞こえる声で今晩の夕飯をどこで食べるかを提案している
無作法な女性の声、・・・
大勢いても通常は静寂が守られる美術館ではちょっと異質なBGMが
今日は色々聞こえてきました。でもそれが、かえって
‟ここに集まる人々の誰もが、心の中に、そんな人間臭い葛藤を持ち合わせている”ことを
映し出し、またそれはこの絵たちが描かれた向こう側の世界でも
同じであったことを映しているようにも観ることができて、
予期せぬ演出をつけていただいたようにも思えました。

だってそのクレームのおじさん、真っ赤なジャケットですよ。
一般人離れしていました(*^^*)。

        ☆    ☆    ☆    ☆    ☆
私は、昨日の疲れがまだ取れていなかったらしく
美術館を出る頃には、もうどこかにゆっくり座りたくてたまりませんでした。

普段車で動いていると、なかなか立ち寄ることのできないcafeが
周りに沢山あることに気づいていたので(*^^*)迷わず入店♪
そういうことを全く期待も予想もしていなかったmasaにとっては
masaに棚ぼたならぬ、‟棚スイーツ”でした。
                
帰りの夕焼雲が、美味しそう(と表現するか?)な立体感でした。
            
こういう空を見せられると、豊かさの下に護られている自分を感じます。

こんな時間にケーキセット(私の方)をお腹に入れてしまったので、
夕飯はやや軽めになりました。」 
             
          スープが無いのが寂しかったのか、眠ったmasaが「し・・・し・・・」と寝言を言っていました        
         傍まで行って、「なあに?」と聞くと、「・・おみそしる」ですって。
         明日はスープ作らなくちゃ。