~音楽と自然の力につつまれて~ e.w.Hanaの記録

幸せになりたい!幸せを分かち合いたい!言葉ではうまくコミュニケーションが取れないけれど 音楽はできる青年との暮らしの中で、 目の前に起こる出来事をどのように受け止めるか 自然の力や音楽の力に癒されながら模索していく日々の記録です。

『父と暮らせば』

明るい外の陽ざしに気づいて、水やりに庭に出ると
もうラベンダーが花盛りになっていました。
           
2,3日前にはまだ色づいていなかった紫陽花も色を付け始め
         
その紫陽花の枝の間に身をひそめるように枝を伸ばしているミニバラも
可憐に咲いていました。

              
このミニバラと同じ歳のヘリテイジも、2弾目の花たちを咲かせています。
             

刈っても刈っても中央のスペースを陣取る赤ツメ草のピンクが
庭全体の配色を引き締めている、と誉めるべきかどうかは別として・・(;´∀`)
お天気がいいと、みんな張り切って咲いています。

人でも植物でも、張り切って、咲いているのがいいですね。
夏ライブのmasaも、そんな歌にもっていってくれるといいな。。

     ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆

夜は、人形劇団の作品を観劇。(『父と暮らせば』)
テーマは広島原爆。その瞬間を直接体験した親子の、数年後の茶の間
を舞台に、生き残った23歳の娘と同じ場所に居て亡くなった父親の亡霊が
一緒に暮らす会話を通して、原爆投下の瞬間の状態を具体的に語り継ぐという
シリアスな劇でした。

爆弾が光った瞬間、その温度は1万2000度〔太陽の表面温度が6000度なので、太陽2個分)
だった、とか音速より早い爆風が吹き抜けたとか、
一つづつを数字で表されると、一瞬で溶けた、とか燃えたという
表現が決してけして大げさではなく、それどころかまだま足りないくらいの
表現なのだということを想い知らされました。

自分だけが生き残ってしまったことを、受け入れられない主人公の娘
の姿は、
3・11の津波から免れたけれど、その辛さを口に出してはいけない、
生き残って不自由なく生活できている自分は、辛さを口に出してはいけないと
苦しさを胸の内に秘めて3年目までは生きていた、と、
朝のテレビで告白していた女性と重なりました。

大きな事故、災難を受けた時、身柄が無事だった人こそ
頑張って生き続けていくための心のケアが、本当に必要なのだということが
2回に渡り伝わってきた1日でした。

そして、そういう時にこそ、音楽が心の中で響くような、
人々や自分の心を慰められるようなメロディーや歌を
masaの心と思い出の中に沢山残したいという思いが
新たな目標として宿った気がします。