~音楽と自然の力につつまれて~ e.w.Hanaの記録

幸せになりたい!幸せを分かち合いたい!言葉ではうまくコミュニケーションが取れないけれど 音楽はできる青年との暮らしの中で、 目の前に起こる出来事をどのように受け止めるか 自然の力や音楽の力に癒されながら模索していく日々の記録です。

" やさしい人”に

今日、人々はどのような1日を過ごしたのでしょうか。

パリで大変なテロが起きていたことは、夜になって初めて知りました。

13の月の暦では、自己存在の月の最終日。
本能なまま行動しがちな、感情コントロールが必要な注意日でした。

・・といってもそれを意識していたわりには、
結局コントロールしきれなかった熱意が裏目に出て、
土曜日のお楽しみであるプールに行くのも取りやめ練習時間を拡大し、
夕飯タイム以後は長い話をmasaにしていた自分です。

練習、といってもその大半は弾く時間ではなく
精神論、もしくは真ん中に座る、とか、呼吸をする、聴く・・そんなことに戻ってきています。

高校のクラブ活動や体育会の終了ミーティングなどでありがちなお説教にも響く、目の前のことへの向き合い方について
トクトクと思いつくままに話し、私が大切なプールタイムを切り取ってしまった理由を説明してみたり、
これまでの練習と本番の経験から思い出してほしい事を話してみたり。

最近の中では、顎が痛くなるくらい理屈っぽくなってい自分。

どれだけ話を聞いて、「わかりました」と口にされても
自分の心に響かなければ、‟母が何かを一生懸命話していた”という記憶しか残らないはずなので、
なんとかmasaの心を一歩前に引き出したい思いつくままに話しているうちに、

masaにやさしい人になってもらいたいの。」という言葉が出てきました。
「きみは、もともとすごくやさしい子なの。それはよくわかってるけれど、このごろ、やさしく見えないの。
耳を触っておどおどしていたり、無関心に見えたりする人はやさしく見えない。やさしくても、やさしく見えない。
だから、masaのやさしさがちゃんとわかるように、やさしい顔で、やさしい”人になってもらいたいの。」

・・・・この言葉を話した瞬間に、急に天使が空に舞い上がるように
嬉しそうな顔になり、「うぅう~~~♪」とルンルンハミングがとまらなくなったmasa

そのご機嫌ハミングを続けたまま、お皿を洗いお風呂に入り
髪を乾かし、ソーダを飲み、満足げにベッドに入っていきました。

「やさしい」って、いう言葉、そんなに言っていなかったのかしら。
masaの祖母にはことあるごとに、「ホントにやさしい子」、と言われていたので、
すっかり本人はその事を(そういわれていることも)自覚していると思っていましたが
そうでもなかったのでしょうか。

大人になってからは特に、「やさしくね。」「しずかにね。」と言われることはあっても
「やさしいね。」と面と向かって言われることはなかったのかも。
(よく言っていただいていたのは、私が全部聞いていて、本人に伝わっていなかった)
今更ながら、彼の心にこんな当たり前の言葉が響くのだと発見したことが、結局今日の‟練習”の唯一の成果でした。

明日からは‟倍音の月”が始まります。
どのように輝きを授けていけば良いのか、模索しつつも
共に的を絞れるような対等な関係を築いていくことを目指したいと思います。

‟優しく”なれる強さを供え、『職人(求められたことを確実にする)』ではなく
『芸術家(自らを表現する人)』としての人生を歩めるような男子に成長してもらう方が、彼には似合う
とやっと気づいてきたから。

夕飯クリップ☆彡