自分が発する響き(=感情)を意識する
今日は、自分から出る‟響き”ということを意識していこうと掲げてスタートしました。
毎日masaには「(ピアノの)響きをよく聞いて」と何度も行っている割には
自分が出している響き(声)を聴いているだろうか・・と、ふと思ったのです。
明るい気分の時は勿論明るい声が出ますが、
そうじゃない時、意図的な時も含めて、無関心な声や不機嫌な声で
相手に感情を表現しようとしていることは明白なのです( ;∀;)。
殊に、真面目な気持ちを伝えようとしている時の声は顔と共に、かなり怖いはずで、
そんな風に発信している声によって、益々自分がその波動に共鳴していくという
悪循環をもたらしているのかもしれない、と気づいた気がしました。
昨日、‟バスの運転手さんのちょっとした声色で、安心したりドキッとしたりする”
ということを書いたばかりですが、声にのる感情は自分だけでなく周りにも影響する
ということを、もう少し真面目に考えて、自分を変えていこうと思った訳です。
子供の頃、家の電話をとる時の母の声が、ワントーン高く明るくなるのが
妙に不自然で嫌でした。
(まあ、母も年を経るにしたがい強面のトーンになっていきましたが(;´∀`))
でもあれは、お客様や、見知らぬ人への一言目をそういう声にすることで
ある意味、相手に良い気分で居てもらいたい、という気遣いが無意識に込められているのだ
ということを、今頃になって妙に納得している次第です。
自分の出す響きに気をつけなければならないのは、
どちらかというと、外で仕事をしている方より、無防備に感情を出せる
家族と1日中過ごしている時間が長い方なのかもしれません。私がそうです。
子どもとの関係にして言えば、
良かったことは、「ヨカッタ」、してくれたことには「ありがとう」寝る前には「愛してる」と必ず言うことにしていても、
それ以外の大半の時間で口にする響きがネガティブな感情を含んだ響きばかりだったら
、そんな二言三言など、すぐに飛んでしまいます。
ここに、大いに改善の余地があると気づいてしまいました。
これまでmasaに人の反応のリアルを伝えるつもりで
マイナスの感情をそのまま出し過ぎていたことが、それではダメな理由が
分かった気がしています。
メロディーを鳴らしているだけで、うたっていない演奏が音楽にならず、
感情が乗っていない演奏が伝わってこないのと同じように
言葉の持つ情報は、『意味』というよりむしろ響きの中にあるのだ、ということを
心して、良い響きをもった‟良い感情”だけを発信する努力を
今日より始めたいと思います。
シーズナルギフトとも言えてしまう友人のsagaから、今年も肉まんを送っていただきました。
横浜中華街からだったり、一番からだったり、これぞ!という必ず美味しい
温かいギフト、今年は四谷維新號からでした。いつも本当に癒されます。ありがとう。
秋の最初のサロンコンサートまで、あと2週間です・・・
夕飯クリップ☆彡
今年の肉まんセットにはシウマイも入っていました。
調味料(アミノ酸など)・保存料・発色剤を使用していないというこのお店のシウマイをさっそくいただきました。絶品♪