自分が見ている”世界”はどれか
人は自分の人生を、まるで映画のスクリーンを観ているように
見ていて、その世界は時間軸に並行に複数の現実世界が存在する、という
イメージを、あながち疑ってもいない私ですが、
今日は自分が見ているスクリーンをスライドして
こちらの現実からこちらの現実へと渡り歩いているような感覚を
一瞬体験しました。
整骨院で背骨のメンテをしていただく時間はほんの30分ほどですが、
身体がほぐれ、心もほぐれたのでしょう。
終わって、車に乗り込むと ‟ごく普通の平穏な日常”を過ごしている自分が
いました。そして、
「‟そうではない世界”に君はいるのだ・・」と影の声に引っ張られて
灰色の現実が、本当の今の現実だったことを思い出しながら帰りました。
でも、‟本当の”現実は
どちらもあるのです。きっと。
私がこちらを重要視して見ようとしているだけで。
平穏だと思えば、本当はいつでも平穏なはず。
今日はとても重要な電話がかかってくるはず、と朝から体にとても力が
入っていたので、それだけで、勝手にとても疲れました。
結局電話はかかってこなかったので、
自分で身体を固くして疲れただけ余計でした。
心が緊張せざるをえない状況のなかでも、
こうして、ちょっとちがう現実の方へ遊びに行く時間が
ちょっとずつ訪れるのは、自分が見ている現実には必ず終わりがあることを
教えてくれる宇宙の愛なのだろう、と感じています。