時間は与えられるもの
masaを送った後の時間、母と叔母に贈るギフトのオマケを作っていました。
‟使い方”解説とメッセージカードを作って、
ラッピングして、重さ計って切手貼って・・という作業も
2個となると思ったより手間取って、できた直後にmasaの‟帰るコール”が
鳴りました。
休みなく動いていた割には、頭も身体も軽い夜です。
きっと、‟追われている”という感覚から解放されていたからです。
やることは決めるけれど、
それを動かない時間の枠のなかにおさめようとしていたのが以前だとすると、
今は
その日やろうとしていることを完了するまでの時間はちゃんと与えられるという事を、
信じられるようになってきたかな・・。
「ギリギリセーフ、ふ〜。」というのが以前だったとすると、
「ほ〜ら、時間ぴったりで完了した☆」という感じでした。
まだまだいつもそういう状態でいられるかというと、
そうはいかないとは思いますが、
時間も、空気や他の物質と同じように、
充分に間に合うように与えられているのだということを、
時々思い出せるようになると、楽になるものだと
身体に刻み込んでいこうと思います。