~音楽と自然の力につつまれて~ e.w.Hanaの記録

幸せになりたい!幸せを分かち合いたい!言葉ではうまくコミュニケーションが取れないけれど 音楽はできる青年との暮らしの中で、 目の前に起こる出来事をどのように受け止めるか 自然の力や音楽の力に癒されながら模索していく日々の記録です。

‟みんな違って、みんな繋がってる‟の感覚

寒い日が続いています。

理由はわかりませんが、今日は何となく、気づけたことがありました。

‟気づけた”と言っても、ずーっと前から言葉では理解しているつもりでしたが
理解の仕方がひとつ深まった、と言えばいいのでしょうか。

‟みんな、(一人一人、みんなが)ちがう。そして、みんなが繋がっている”
という実感。言ってしまえば、それだけのことです。

ここで言う‟違う”は‟隔てる”という意味合いは全く含んでいません。
分かち合う心や強い結びつきが生じない、という意味でもありません。

これまで私が持っていた‟違う”という感覚は、
完全に重ならないまでも人の持つ共通部分がかなりあるという前提のもとに、
その一部分を成す感覚や考え方、捉え方が違う、と勝手に解釈していたものでした。

相手の受け取り方を気にしたりすることも
相手の立場や視点を理解して発信すれば、どのように受け取られるかを察することができるはず、
という思い込みから、〔うまく届かないこと=相手の気を害したように見えること=自分の過失〕
みたいな前提を 勝手に自分が作り出しているからこそ起きることです。

少し大げさかもしれませんが、
もともと‟違う”のだから相手がなぜそのような反応を示したのかに共感することはできても
それを予測するのも賭けのようなものです。
にもかかわらず、相手の受け取り方をマネージしようとして、そこに感性の重心を置いていると、
徐々に‟他者を生きている”ことが分からなくなってくる、
つまり、感性がバランスを崩して、悩み(自分で解決できない問題)が生まれるのでしょう。

(あ、ここに繋がりました。
 これ、『嫌われる勇気』(ダイヤモンド社)に出てくるアドラー心理学の考え方ですね。)


また、‟違う”という感覚の一部に本来の‟横並び”ではない、先/後、優/劣のような質感を
含んで理解している、ということはありませんでしたか?

これらの感覚は、自分の今位置する場所を「これでいいのだろうか」と疑ってみたり
コンプレックスのような感覚の原因になったり、
前進していないのではないかという疑いの心を生んだり、
見つけた‟差”を埋めなくてはその相手と同格になれない、と感じたり
‟ちゃんとできなくではならない”というプレッシャーの原因になったりします。
時間の流れの中でプロセスを歩んでさえいれば、優劣はないのに。


また、一人一人の中に存在する‟はず”の‟共通した正しさ”と思っているものも
実は自分一人で判断して決めている価値観にすぎず、
時々、他の人の持つそうした価値観と一致するポイントを見つけると
「ほ〜ら、やっぱりそうなんでしょう」と、その方面での自信を強化できるけれど、
実際は、どの方面においての自分の価値観にも感覚も自由であり
自信をもって良いものなのです。

‟みんな、ちがう”のですから。

(もちろん、発信する際にできる限りの自分なりの工夫を盛り込んで、
 コミュニケーションを円滑にする努力はした方が生きやすくなります。)

でも、おのおのが‟違う”ように生まれてきているということは、それぞれに
役割を課されているからなのに、
周りの人と共通項を探し増やしていく作業を
通して心の安泰をはかろうとしていると、それはすなわち本来の自分らしい感覚を
押し殺しているのが当たり前になってしまって、
疲れているのに、今日1日何をしたのかよくわからない、みたいな日々を重ねることになりかねません。

みんな‟違う”そして、‟繋がっている”という感覚を、これまでよりほんの少しだけ強く持つことだけで、
時間の流れに対しても、人に対しても、安心して生きていくことができます。

私自身、相手の反応をそんなに気にしながら生きていたタイプではないと思いますが、
ふと気づいたこの感覚、
違うのよ、見えている色も景色も、脳が聞いている音も関心事も、体調も、持っている時間も。
でも大丈夫。違っていられるのもちゃんと繋ぎとめられているからこそ。
‟信頼をもって、みんなを‟異なる同士”ととらえる”。。。

すると
今、自分がしていることに向き合う時間のスペースがたくさんできました。
こんなに楽になるの・・・と、不思議な感覚です。

感謝の心はいつも携えて、
‟みんな繋がっている”ことに疑いを持たず
‟今を生きる”という意外と難しい命題を見失わないように、正々堂々と笑っていたい
と心新たにする今日でした。

夕飯クリップ☆彡
                
                昨日と同じようなお団子スープですが、今日のはホッケのすり身ダンゴです。魚のお出汁が野菜に良く浸みこんで、キャベツがとてもおいしくなっていました。