~音楽と自然の力につつまれて~ e.w.Hanaの記録

幸せになりたい!幸せを分かち合いたい!言葉ではうまくコミュニケーションが取れないけれど 音楽はできる青年との暮らしの中で、 目の前に起こる出来事をどのように受け止めるか 自然の力や音楽の力に癒されながら模索していく日々の記録です。

ソファに並んで読んでもらう本

masa予防歯科に向かって歩いた雪道は、適度に積もった雪が歩きやすく、
「今日は暖かいね。」と口に出るような穏やかな朝でした。
雪のピークは峠を越したと聞いて、それらしき外の様子に安心していました。

masaのランニングも終わり、さて
次は私の番です。整骨院
・・・で、出かけようと外を見ると・・
「うそでしょ」
ドサドサと短時間で数センチの勢いで降ってきました。
こんな感じ。  

まったく、masaが一緒のお出かけじゃないと、こんなものです。

今日はなんだか、masaが主導してくれる感じで時間が進んでいきました。



お昼を終えると、「本を読もおっと。」と
朗読タイムを宣言してソファにすわったmasaが、前に並べてある5〜6冊の本の中から
・・と思ったら、手に取ったのは、サイドに置いてあった(フェイント!)
ブリジット・ジョーンズの日記』の最新刊。
それなの?

50代2人の子持ちの女性の日記よ?・・
昨日呼んでいた『フィンドホーン 愛の言葉』からはかなり遠いけれど?

明るい色使いのイラストが描かれた表紙が楽しそうだったのかな、
「ま、いいけど?」とソファの隣りに座って聞かせてもらうことにしました。

エッセイを読んでもらう時も感じたことですが、
読んでもらうお話は、自分が視覚的にその本を読むときより
ずっと立体的に響いてきます。
おそらく、自分で読むときに頭の中で再現されるのは自分の声(話し方)で
あるのに対して、読んでもらう時にきこえてくる自分以外の人の読み方
で耳に入れることによって、一つ一つの言葉が持つ意味の広がりをあれこれと
感じる余裕が生まれて、言葉が息づいて聞こえてくるからなのでしょう。

そして、流し読みをしない、一字一句を丁寧に拾う朗読ならではの特徴と、
masaの読んでくれるスピードが、なんとも心地よくお話の中に引きこんでくれるのです。

1冊を数分で読んでしまうというメンタリストのDAIGOさんのような
読み方をするタイプのヒトは、自分に響くワードだけを拾って読んでいく
もしくは、一面の活字を同時に視覚に入れて内容を把握するような
読み方をしているのだと思うのですが、
(私も含めて)そういうタイプの(情報を得る方向に嗜好性がある)人には決して味わえない
時間の流れあってこそ進む話のまどろっこしさが朗読にはあります。

そのまどろっこしさを自分で行う忍耐力は無くても、読んでもらうということで
リアルな時間の流れに並行したストーリーの中に入ることで始めて味わる面白さ
に気づきます。

この、情報過多の時代に、こうして朗読してもらうのを聞くという読書は
更に豊かで幸せな時間です。

軽過ぎてつまらない(スミマセン)と思っていた
『ブリジット』でさえ、読んでもらってみたら、ドラマ的にかなり楽しめました。

ありがとう。masa

夕飯クリップ☆彡
               
              今日はかぼちゃのマカロニグラタン、水菜とチキンのハーブ塩炒め、
                 ミックスビーンズとハムホウレン草のスープ、などでした。