つぶつぶご飯を食べる力
「いつものご飯にもどってきた、ということは・・・
体調が戻って来た・・、と いうことじゃ・・」
(ここまで、昔話を話すおじいさんの声で。)
夕飯の食器を下げに来たmasaの前で 思わずこう呟いておりました。
そうです。考えてみれば、朝食が
ご飯・味噌汁・焼き魚・糠漬け・納豆・フルーツ・豆乳グルト・野菜ジュース
という定食から逸脱することはとても珍しいのに
今日も昨日も種類は違えどもパンでした。
そして夕飯も昨夜はツルツルと簡単に食べられるうどんが
食べたくて、ご飯ツブを食べていたのはmasaだけでした。
これは 昨日のmasa用。私は上のお肉を除いてウズラだけ割ったおうどんでした。
つまり、まるまる2日ご飯粒を食べる元気がなかったということなのだ、と
今日になって気づきました。
まだまだ体にやさしくて暖かそうなカボチャやジャガイモを
自然に選んでいましたが、やっといつも風のご飯を支度している自分に
調理という行為が体調の回復バロメーターになっていることを感じます。
不思議なものです。お肉を焼くだけなら簡単なのに、
お肉に手は伸びず、白身の魚を探していたり、
味つけも、シンプルでやさしい味を求めていました。
夕飯クリップ☆彡
「もう一品」、と切っただけのお豆腐にのせたのは
前にいただいていた‟うま辛山菜みそ”。助かりました☆。
和えた卵は今日も栄養価の高いウズラです。
こうしてみると、普段何気なくであっても、玄米ご飯をもぐもぐと食べるには
それなりに元気である必要があるのだと、つくづく思いました。
普段から、朝食に固形物を食べなかったり、パン食だったりしていると
こういうことはわからないのかもしれません。
‟つぶつぶ”のご飯を食べられるということは
そうした身体の状態が分かるという意味でも
ありがたいことなのだと気づいた今宵です。