~音楽と自然の力につつまれて~ e.w.Hanaの記録

幸せになりたい!幸せを分かち合いたい!言葉ではうまくコミュニケーションが取れないけれど 音楽はできる青年との暮らしの中で、 目の前に起こる出来事をどのように受け止めるか 自然の力や音楽の力に癒されながら模索していく日々の記録です。

みんなで新陳代謝

昨日、いただいたコメントにもありましたが、

今、自分の底深く眠っている陰鬱なネガティブなものが

掘り起こされているのなら、それは

宇宙との共鳴・地球の刷新の時期に共鳴しているが故のこととして

タイミング的にはウエルカムな物なのです。

 

ふと思い立って、覗いた大木ゆきのさんのblogを覗いたら

その通りな事が一昨日の記事にアップされていました。

 

・・・今は、深呼吸をするがごとく、宇宙から慣れこむエネルギー量と、吐き出されるエネルギーの両方が大きくなっていて、エネルギーの‟新陳代謝”がとてつもなく活発になっているとのこと。

だから、幸せな事が立て続けにおこる機会も多い反面、

自分の内側に深くこびりついていた不安や恐れ、罪悪感、虚無感、疲労感などた

外画に排出されるために強く湧き上がってくることもあるのだとか。

 

「その勢いがこれまでにないほど強いので

 ちょっと驚かれている方もいるかもしれません:」

(まさに私!は~~い!と手をあげてしまいました)

 

昨日の不思議な症状はこれだったのですよ、と教えてもらうと

すんなり信じるタイプの私。あとは、浄化を促進する行いをしていくのみ。

・・・という後編を読むと、

朝起きたら部屋の窓を全開にして、古いエネルギーがドンドン出て行くようにして、

シーツや枕カバーなどのベッドリネンを洗濯して・・

とあります。

 

これ、今朝起きた時に何となく一番に気になって自分がやっていたこと。

 

ああ、自分の勘はしっかりすべきことをキャッチできている。

と、

少しホッとして、残りの

水回りの掃除にいそしみ、安心して1日を過ごしました。

 

そういえば、今日はマヤ暦的には

「良くないことが起こりにくい日」。麗しき日。でした。

良くないことが今日起るかどうかで、今の自分の状態が客観的にわかる

バロメーター的なこの日に、何とか無事に平穏でいられたことに

ホッとしています。

 

昨日の自分が今日はこうあることが、奇跡です。

金メダルをとったパシュートの選手達も、昨日まで今日の事はわからなかったはず。

人生の縮図が、オリンピックでもありますね。

 

感謝です。

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・・・と、思えている私は、おめでたいのかな。

 

 

 

おめでたいなら、それで、そうなのでしょう。

 

 

危うい存在と感じるか、かけがえのない存在と感じるか、何も感じないか・・どれが幸せなのだろう

今朝は、大きく揺れ始めたキッチンで、

‟いざという時にすること”のメモがあったはずなのに、

それが見当たらない。。という夢を見ていました。

 

それで、朝の作業は、

パソコンの設定に必要なアドレス類や携帯のIDなど、いざという時のために

まとめてメモしておくものを整理することから始めました。

 

住所録やメルアドなどのリストも紙にしておくことも思いましたが、

今日はそこまではできず。

 

その後は明後日のお教室用の編み図資料の作成や、

試作いろいろ、・・机に向かってじっと集中している時間が7時間くらいありました。

 

なぜなら、”不安” という気が 朝の頭の中にはいっぱいだったからです。

‟不安”という状態は、おそらく

頭の中にあることが過剰に増えて、ぎっしりになってしまい、

頭の交通整理がつかず、結果何にも手を付けられず、実際に動けなくなっている、

そんな時に発生するのだと思います。

 

それを理解し、とにかく何でもいいから目の前の岩を砕くように

作業をトントンとこなし不安感から離れようとしました。

 

黙々と、気になっていた編み花をいくつか検証したり、

その辺りでやり残していたことを消化している母の様子に対応し、

一人で黙々と、ピアノにむかったり、自分の事をして1日過ごしていたmasa

何となく調子が良さそうで、いつもより早くからkumonに行くと言い出しました。

 

彼を教室に送り、信号待ちをしている対抗車のヘッドライトを

ぼんやりと視界に入れながら、

自分がこの世に居る事が、本当はとても危ういことなのかもしれない

次の一瞬でふっと消えてしまっても、私が消えたことは誰も気づかない。

いつでも人一人の存在はそんな風に危ういものなのかもしれない、と

妙にリアルに感じていました。

 

全てはまぼろし。

幻だったんだよ、と別の世界へ帰った時に気づかされるのかな。

この世からいなくなってしまった大切な人たちが、この世に今はいない、ということが事実で、私はこの世にいる、ということは事実なのだろうか。。。と、泡のようにいつ消えてしまってもあり得ることだと思うような、危うい感覚に入っていました。

 

今、ここにあることだけで、奇跡なのだな・・

 

そんなことをぼ~っと考えていました。

 

”独り”を強烈に感じていた夜の時間。

今日は、そんな風に空虚に感じる自分のことと、同時に

‟子”の枠から外れて、一人の男性として、本当はもっと立派になることを

前提にして尊重したら良いのかもしれないmasaのことに

ふと気付いた夜でした。

 

不思議な、そして大きな孤独の時間。

テレビをつければオリンピックがにぎやかさを呈して

くれることに感謝です。

 

 

 

夢のはなし

今朝の夢、出先のオフィスビルから帰ろうとすると

靴が見当たらなくなってしまっている、しかも色々入れているバックまで

無くなってしまっている、という裸足で携帯もお財布も全てがなくなってしまった

まま、探し回っている自分。。。寒い。。冷たい、そんな感覚が夢の中で

起きていました。

でもその次に、天使のような女性に優しく抱き寄せられて

恍惚感を感じ、その女性について行ったら奈落の底に入るドアに

一緒に入り、私だけがその底に向かって落ちて行く・・・

底がなくて、落ち続けている・・・なのでダメージはなく、ただ空中を

堕ちて行く・・・

 

そんなところで目覚めました。

 

ストーリー的には最初も最後もコワくて孤独なお話なのに、

目覚めた時の感覚は、意外にも幸せでした。

肌を寄せて私にゆっくりと寄り添ってくれる女性に与えられた

温かさは、まだしばらく夢から覚めたくない、と思うほど幸せな感覚を

身体が覚えていました。

 

珍しく、そして不思議な、触覚の温暖がとても残る夢でした。

自分の中の何かが変わったのかな。

 

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masaの演奏タイムを終えた午後は、ひたすらに桜の花を編んでいました。

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 お花の後は、葉っぱを編み、蕾を沢山編んで、、、

 masaの演奏中に「どんな作品ができるのか、見せてください!」とおっしゃっていただいたことも、アクセルになったかな。

 

 外に出ること、どなたかに声をかけて頂けることが

どれほどのエネルギーを与えてもらえるか、という実感に感謝する今宵です。

 

暖炉の火に温められて

何気ない日常の

お父さんとお母さんが二人お休みの休日を

お裾分けしていただきました。温かな暖炉の火。

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本物の薪も、山を持っていなければ1シーズン分の調達は大変そうな

貴重な暖炉の日をくべてもらって、今日はピザの日

 

小さな鉄なべにのせられるピザの直径は19センチ♪!

でもすぐ焼けるから、何度も何度もいろいろ作りました

 

生地はお招きに預かる敬意をこめて、下ごしらえしていきました。

トマトソースもすぐできるので、準備して・・・。

 

蓮くんとkaedeちゃんは、一回りおおきくなって、待っていてくれました。

 

ストーブ係としてお休みを返上してくださったパパさんも、自分の家族のような

温かさを感じたのではないかな。masaは。

 

トマトが苦手な蓮くんはデザートというよりもお菓子ピザを待っていました。

やっとできたね~。マシュマロチョコのピザ♪。

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かわいい~~ね~。

 

蓮くんは、外遊びのそりすべりにもmasaを誘い、二人で平和に遊んでいた模様。

雪遊びの準備をしてきていないのに、お父さんと子どもたちの雪遊びの様子に

行きたくなったのでしょう。masaも「外に行く」と言い出して、

下(防水のオーバーパンツ)は持ってないよ~。というと、

お父さんが自分の履いていたのを脱いで、お母さんのを履き、masaに自分のを履かせてくれました。そして、お母さんの長靴(24センチ)を(28センチの足ですが)無理やり押し込んで、蓮くんのそり遊びに出陣。

 

お父さんも、一緒にいるのに、masasのことも慕ってくっついてくれる理由を

お母さんが蓮くんに尋ねると、「マサオ君(になっている(;´∀`))は、

意地悪みたいにしないから好き」なんだそうです。優しそうに絡んできても、

自分の意図を持って近づいてくる子や大人が沢山居る中で、masaはそういうのが

ない平和な雰囲気なのだと感じ取る純粋な感覚に

masaは受け入れられたのだと、理由が分かって、納得。「君は正しい。」

と彼にも言ってしまいました。幸せなコメント、ありがとう。

その通り。蓮くん、君は本当に純粋だね。ありがと。

 

そんなkaedeのピアノはこの前来た時電子ピアノだったところに、

アップライトピアノが入っていました。嬉しかったです。

お父さんのご実家からもらったとても古いもの、とのことですが、

何に変えても、本物の楽器か電子かは

その後の弾く人の感覚と耳に大きく影響すると思うので

本当にヨカッタ。masaもそのピアノで弾かせてもらいました。

 

暖かく、のんびりとした、私の理想の‟家庭”がそこにありました。

温めてもらって帰ってきました。

ありがとう。。。。

 

男子フィギュア☆勇気と学びをありがとう

羽生結弦さんは、本当に凄いとしか言いようがありません。

どのように長い不安な時期を

「もうだめかも」と思った何度かを乗り越えてきたのでしょうか。

メンタルの調整能力と自分のやってきたことを信じ切れる、

そして見積もり方がどこまでも精密。

 

誰が教えたわけでもない、彼自身のこの感覚は

持って生まれたものなのでしょう。

その上に積み上げた努力が結果を出す日の追い風を呼んだとしか

思えません。頭と心と身体が三位一体になってフル活躍した準備の中で

‟無”になる以上の能力で結果をつかんだ調整力は歴史に残って然るべきです。

 

フェルナンデスのことも、今大会でとっても好きになりました。

本当に、いい人なんだろうな。ハビちゃん。

本当に上手なんですもの。それでもフリーに彼らしい強さを出し切れなかったように見えたのは、羽生選手の圧倒的な気に押された、としか思えませんでした。

 

その盾にまもられて、当たり前のように銀メダルをとってしまった宇野選手も

そういう星の下に生まれた人なんだな、、と。

最終滑走の自分の演技までの全ての点数を見ていた、という新人類的メンタルと

その点数を見て自分の金メダルへの可能性を計算して氷の上にのったという

ところから、最初のジャンプを失敗して

「笑ってしまった。‟あ、自分のことやろう・・”」と思ったという

どこまでもナチュラルな感じがまた♡、この人いろいろ考えないで

できる人なんだな、、‟謙虚”ということさえも意識しないほど

ありのままの自分を見つめられるようにできている人なんだな、と

セルフイメージの書き換えに、とっても参考になる

二人のワンツーフィニッシュでした。

 

彼らの演技を見守り喜び、感動している日本中、世界中の人々が

きっと同じ高揚感を持って幸せな気持ちにさせてもらったのだと思います。

彼らの時間は、そんなとても多くの人たちが同じ周波数で繋がったような

そんな気がしました。

 

おめでとう!!ありがとう!!!!

 

 

羽生選手の感動!

今朝やろうとひらめいたことの一つ、

編み針を楽々編み針の如く、持ちてを太くする工作を

おゆプラというグッズで作ること♪。

 

細い編み針で長時間編み重ねると、指にタコができて、痛くなってくるのですが、これをかなり回避できる、らくらく編み針という製品があります。

 

でも、わたしは、編み針のもともとのシンプルな形状が、編み針の持つ本来のコンパクトな魅力だとおもい、気に入っていたので、ずっとオリジナル針形状のものを使っていました。

でも、長時間を数日重ねると、やはり指が痛くなってくるのですのね。

それで、

お湯につければやわらかくなる、というプラスチックを利用したグリップを

つけることを試してみました。

 

使ったのは、透明色のラメ入りです。

こんな感じになりました。

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おゆプラで作ったグリップなら、またお湯に入れれば

取り外すこともできるので自由です。

 

握り具合は、この方がずっと楽です。

 

こんな遊び(?)をしながら、羽生選手の出るフィギュアを待ちました。

 

そして、・・・のあの完全復活の演技を見せていただきました。

どの視点から見ても、勇気を与えてもらえる、感動の

ショートでしたね。

私も、心が折れそうな知らせを受けた直後でしたが、

本当に勇気を与えた貰えました。こういうのを『かっこいい』というのだと

いうことを、弓弦くんは、どのように学んだのだろう。

そういうことの方に、大変興味が湧きます。

 

今日は新月です。

お願いごとはそれで大丈夫ですか?

 

 

        

 

 

今日は大安だったはずですけれど

今日はmasaの演奏タイムでした。

お年寄りに合わせて、キーを二つくらい下げると、

私が声帯に負荷をかける感じになり、声は出ないし響かないし・・

のストレスもありつつ、

いえいえ、それでも皆様の笑顔にありがたく帰ってきましたが、

 

その前後の諸々に心が疲れ、

身体の疲れに追い打ちをかけたところで、

最後のひと踏ん張りでkumonのおまけもあり、

もう自分のご飯は茹でてあった菜花をざく切りにして

永谷園のお吸い物でいい。

 

泣きたいほど疲れているのか、

心が疲れて泣きたいのかがよくわからないような

状況の中で、お吸い物のお椀にしがみついていたところへ、

電話が鳴りました。

 

母からです。

何の用事なのか、前置きが1時間くらいあってよくわからない、

やっとその用件がmasaチョコの事だとわかってから以後

更に40分位電話の向こうで話が続いているなか、

私は、腕に顔をしずめてうずくまりしのいでいました。

 

‟生”から一時離脱したい、なんて

ふっと思うことがあるのだと、何かにさらわれていきそうな

危うい感じの今を、このように綴ることをお許しください。

 

生かしていただいてありがとうございます。