~音楽と自然の力につつまれて~ e.w.Hanaの記録

幸せになりたい!幸せを分かち合いたい!言葉ではうまくコミュニケーションが取れないけれど 音楽はできる青年との暮らしの中で、 目の前に起こる出来事をどのように受け止めるか 自然の力や音楽の力に癒されながら模索していく日々の記録です。

栄養は必要

心の栄養、とか、そんな難しい話ではありません(*^^*)。

 

忙しいと、取りあえず力になって、楽に早くとれるものを口に入れますよね。。

masaのお蔭で、辛うじて三食作ることはしていても、

自分がどうかといえば、つくり終わった時間を使って次の作業を、、とやってしまって、同じように食べていないことが多いな、

というのがこの頃の反省です。

 

でも、普段当たり前の食材から栄養を採って大きくなってきた身体は

正直なもので、栄養を無視して、甘い物とか、アルコールとか、そういうもので

安易なチャージをしていると、(間にカロリーメイトを挟んでも差異はありません)

生命力、というか、「次にこれやって、大丈夫。」と思えるようなエネルギーが

出てこないんです。

‟栄養のある物”を食べると、ちゃんとそのことを身体が教えてくれます。

 

今日は、とっても立派なブリがあったので、切り身を沢山つくって、

照り焼きを出したら、久しぶりのブリ照りに、masaが嬉しそうに

ご飯をおかわりしてくれて

それで、満足してしまうのですよね。

見ているだけで。

 

でも、自分も食べなくちゃ。

そういわれている気がします。自分の体に。

 

日が空いてしまいました・・。

”怠け心を知った時、栄光のへのみちは遠ざかる”

これは、わたしが幼いころ、最初に覚え、その後の人生に

反芻していた言葉。

 

このところの、とぎれとぎれのlogを

 どのように心配してくださる方たちがいらっしゃるかと思うと、

それだけでも綴らなければと思いました。

けして

この‟言葉”に反していた訳ではありません。

 

かといって、追われていることを綴るのも本意ではありません。

自分の気づきと、感謝を振り返ることのできる時間が与えられる前に

体力の尽きてしまうひが 続いていること、

それだけでした。

 

夏至が過ぎ、新しフェイズが始まった感が

私事にも起きています。

お仕事の幅がふえていくことは感謝です。わからなくなりそうなくらい

多岐になってきたので、秘書的メモをカレンダーに貼りました。

この増え過ぎた枝葉が、きっと学びが完了するにしたがって

枝葉をおとし、抱えきれる数本の道に集約され、豊かに実ることを

信じ、今は、

創作も、音楽も、お手伝いのお掃除もお料理も、原稿の編集も、諸々も、

カレンダーをにらみながら、できる順にやっていく。いっぱいです。

 

私の周りに新たに関わりを持つ方、がどんな方なのか、

それがきっと私の鏡、自分と同じ波長を持つ方なのだから、

と信じて臨めば、どなたも自分。

いくつもの人生を重ね合わせることができる交わりは,

自分のこと、masaのことあわせても、自分に降りかかっていると思えば

自分のこと。

感謝の中に、次への実りが見いだせるはずです。

 

ただ、そんなことだけを信じ、明るくいられる今です。

 

 

 

 

サクランボちゃん、切りました。

ありがとう・・・・。

 

一日の精魂を果たしたところで、何か言おうとすると、

最初にこれが来ます。

今日、家に帰れていて、家族が(masaが)無事でいて、

夕飯を作る、ということに意識を向けることを許されている。

 

今日のmasaの演奏日には、よくわからないのですが、大切な

お客様がいらしていたようで、演奏終わりには賞賛していただいて・・

よくわからないけれど、お役に立てて良かったデス。

 

帰宅後、お役所で、一仕事があり・・・、

でも、帰宅後、休憩を兼ねて編み物をしていてもまだまだ

日が落ちません。

”夏の恵み”に感謝でした。

 

それで!!!

以前から気になっていた伸びすぎたら手に負えなくなってしまいそうな

サクランボの木を剪定することにしました。

 

今日の帰り道、公道の街路樹を剪定していた様子を見かけて、

その、切り落としている枝たるや・・トラックに積んでいるのですよね。

庭木も大きくなると枝葉を落としてもらうだけでも、5万円とか、かかかるのよ~

って、聞いたことを思い出した私。

脚立があったことは、そして、今日、街路樹剪定作業を目にしたことは

そのサインでしょう?と

思い、脚立をmasaに抑えてもらって、ノコギリを持ち出し、

サクランボちゃん(実をつけている枝を・ごめんなさい・・)

を切りました。

 

可愛い庭の子どもたちも、自分の手に負える状態にしておくこと、

これを心得始めた、高齢者さまのお宅とご縁ができたことからの、

学びです。

 

課題の恵み・嵐!

今日は、テープ起こしをと入れて頂いた団体へ、

他の編集作業ができるようにとのご配慮での学習の時間でした。

プロ仕様の編集ソフトを使ったことはおろか、見たこともない私。

 

1時間くらい(それ以上やったら疲れちゃう)と言っていらした指導様は、

会ってみると、「今日、どのくらい時間大丈夫?」と、教え、伝えておきたいことを整理すると数時間かかる内容を持っていらっしゃるようでした。ありがたいことでした。

 

でも、留守番のmasaに予め置いてきたメモには ”母が帰宅する時刻”までの

流れしか残していなかったので、あまり沢山の延長はできないな・・

と、などなど、思いながらも、必要な事は今気づく時点の範囲で全部やり取りしたい、

という気分は双方の一致だと感じ、帰宅時刻を1時間延長までならなんとか、と、

思い、masaに信頼を託して約4時間のお留守番にさせてしまいました。

 

待っているmasaにやってもらいたい譜読みのピアノ譜ができあがっていたら、

それをやってもらう時間として、とても有意義だったはずですが、

私が間に合わず。

楽譜もない、やること、わからない、のmasa

ただひたすらソファに座って私の帰りを待っていました。

 

帰宅後、しばらく依頼のお品物を編みながら休憩。

 

そして、masaの習い事から再び帰宅したところで、郵便受けに来ていた

郵便の内容から、また意気消沈(;´∀`)。行ったり来たりです。

区役所にすぐ電話したい、気持ちをあと2日持ち続けなければいけないというだけでも

日々をストレスなくやっていくことだけで、なんとか保っている自分には

重いけれど、また、

週明けにはお役所へ・・の用事が増えました。

 

今日、編集ソフトの使い方以下、様々な事を私にインプットした‟指導”様は

「こんなに一度に言われても、ね・・・?私だったら、できない。(#^^#)。ここまでは無理、と思ったら、そういってね。」と言ってくださいました。

 

気分は大学生。(社会人ではない)=フルタイムで学ぶことを科目別に与えられている。でも、それをする間の報酬はない。

 

帰宅して、masaの来月のピアノ譜ができていないことが、この重い反応の

源であることまでを明かせる職場環境に、取りあえず感謝しながら、

何がどう大変なのか、感じる間もなく、クルクルと回されている感じの

この感覚の中では、『宇宙に任せる』しかないかな、と

観念した感じです(;´∀`)。

 

あの時も‟今”、今も今。

暦は夏のはずなのに、雪が降って来て、

カレンダーを確認するとやはり8月。。。

 

そんな夢をみていました。

 

この頃、寒い日が続いたからでしょうか。

 

昨日、masaの小さいころの数年を切り取ったスナップ(祖父母と私とmasaが主ですが)を大きく伸ばしたものを沢山コピーして送ってきた母の思いをくみ取りながら、

でも、私たちにもそれを見て癒されてほしいという彼女の気持ちを

ありがたく受け取って、大きく引き伸ばされた画像の向こう側に、確実にあった

‟その時”の、masaの姿と行き交う眼差しに感動して深夜に至りました。

 

もう一度あの時、なんて、必死だったあの時期をもう一度なんて、

とてもできませんが、外からみると幸せと希望に満ちた風景でした。

きっと、今の私たちの姿も、外側から俯瞰してみると心温まるものに

できるはず。そんな視点を自ら持って、生きていこうと思ったひと時でした。

 

「できない理由を並べるのはやめにして、前例は自分たちでつくる。」

こんな言葉に出会いました。この言葉を残した人が求められたような経済的成果などは

求められていない自分は、もっと自由に、できる出来ないの線引きを決められるはず。

できるところまでがベスト、それで、それが結果。

勝ち負けではないのに、自分でハードルを設定しない。

 

そんなことを、

260日の暦の折り返し131日目の今日は意識して過ごしてみたいと思います。

 

 

エントリーと契約の日

昨夜、没頭してしまった編み物の時間は解き放たれた何かの

時間でした。。。でもその睡眠不足が、顕著に表れる素直な身体・。

朝のほのかな霧雨をみて、ほ~~~っと☆彡してしまったことを

否めません。。

 

でも、ウオーキングから解き放たれて、できた時間にすることは

沢山あります。勿論。

まずは、札幌マラソンのエントリー!!!(あ、走るのはmasaです。)

本日の解禁と同時に、午後には埋まってしまうと言われている

超人気の市民マラソンです。そんなに集中して申し込みが必要なのは

ハーフだけですので、10キロやファミリーにエントリーする場合は7月に入っても

大丈夫だと思います。

 

毎年忘れそうになりながら、この日をあわよく思い出し、

今日もそれでした(;'∀')。歯科医院への予約タスクをこなして、

その他の事務手続きを出来上がった順に受け取り、

提出し、そんあこまごましたこともできる時間があることが

とても休日かのごとく豊かに感じました。

 

他には・・・

編集関係のお仕事に必要なソフトを契約購入したり

ダウンロードしたりのことを。。

使えるかどうかわからないのに、こんなこと、

一人だったら絶対できない、良い機会を与えられていると、

今は与えられることを時間の感覚なく、しかし

与えられること、それぞれに、意味を感じる時間を過ごさせていただいています。

 

masaが弾く曲、弾きがたる曲にも、

それを続けていく限り、きっと縁がそこには続いているのだと

も感じる、音楽の力にもすがりつつ、

救われている今です。ありがとうございます。

 

masaの‟顔”

色々な用件がまとまって、区役所へ行った先日のこと、

滞在時間もかなり長くなり、最後の一件で2階にある福祉課の方へ

歩いて行くと、いつもいる案内係のフレンドリーなおじさんが

「あっ!これ(ピアノを弾くゼスチャーをして)の凄い人とその先生(そこはちょっとちがうけど)だ!」

って、(「ウルトラマンだ!」の調子を思い出していただくと、ぴったりな調子で)

おっしゃいました。

 

え?

勿論、masaの関わる何かにお声掛けした記憶もありませんし、

会場でお目にかかった記憶もありません。

おそるおそる、「どちらかで、お目にかかりましたでしょうか?」と

聞いてみると、

「あ、民生委員やってるから、色んな所で、お目にかかったり拝聴してます」って・・。

全然思いもしないところで、知人と呼ぶには遠い方からそのような

お声掛けを受けてみて、ありがとうございます。といいながらも、

あまりに堂々としたご紹介振りで、こちらが気恥ずかしくなってしまいました。

申し訳ないかんじで・・。

 

これは、今、向かうものに全力で協力できていない私の正直な反応だと思います。

 

でも、一方で、このお声掛けのおじさんは、

やはり、masaのピアノはyesと照らされているモノなのだと、知らしめてくださる

天使であるように感じました。

 

帰り道、masaと二人で

「コンサートにお声掛けしたことのない、知らない人から

 ‟ピアノの・・・”なんて知られているなんて、びっくりだね、

名前じゃなく、顔を覚えてもらってるって、すごいね」と

初めての体験をあらためて感謝する夕刻でした。

 

できることを大きな喜びに育てて行きたい。

願いです。